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古い穴あき銭や「錢」と書かれた硬貨を見つけると、『これ、いつの時代のお金なんだろう』と気になりますよね。
結論から言うと、古銭の歴史は「古代の銭」「中国から来た銭」「江戸の三貨」「明治からの円」の4つに分けると、手元のお金の時代がつかみやすくなります。この記事では、貨幣博物館や日本銀行の情報をもとに、それぞれの時代の特徴と見分け方を紹介します。
祖父の机から、穴の開いた銭と「十錢」と書かれた硬貨が出てきました。どっちが古いのかも分かりません。
四角い穴の開いた銭は、江戸時代かそれより前のお金のことが多いです。「錢」の単位は明治から昭和の前半まで使われていたので、時代の順に見ていきましょう。
古銭の歴史をひと目で見る年表
まずは全体の流れをつかんでおきましょう。日本のお金は、国が銭を作った時代と、作らなかった時代があるんです。
- 古代は国が銅銭を作り、958年の乾元大宝で途切れました。
- 中世は中国から来た渡来銭が広く使われました。
- 江戸時代は寛永通宝などの銭に、金貨・銀貨を合わせた三貨の時代です。
- 明治4(1871)年に「円」が生まれ、銭は1953年に廃止されました。
| 時代 | 主なお金 | 出来事(貨幣博物館・日本銀行) |
|---|---|---|
| 古代 | 富本銭・和同開珎 | 7世紀後半に富本銭、708年に和同開珎を発行 |
| 平安時代まで | 12種類の銅銭 | 958年の乾元大宝を最後に、新しい銭は作られなくなる |
| 中世 | 渡来銭(中国の銭) | 12世紀以降、中国から来た銭が広く使われる |
| 江戸時代 | 寛永通宝・小判・丁銀など | 1636年に寛永通宝を発行 |
| 明治 | 円・銭・厘の硬貨、日本銀行券 | 1871年の新貨条例で「円」を導入 |
| 大正〜昭和戦前 | 小型の銀貨・白銅貨など | 銀の値上がりで硬貨の小型化や材料の変更 |
| 昭和戦中〜戦後 | アルミ・錫の硬貨、今の硬貨 | 1953年に銭・厘が使えなくなる |

古代のお金:富本銭と和同開珎
『日本で一番古いお金は和同開珎』と習った方も多いはずです。実は、もっと前のお金が見つかっています。
1998年の飛鳥池遺跡(奈良県明日香村)の発掘調査で、7世紀後半に富本銭が作られていたことが分かりました。それより前には、無文銀銭というお金もあったとされています。
和同開珎は、708年に唐の「開元通宝」をお手本に発行されたお金です。5月に銀銭、同じ年の8月に銅銭が出ましたが、銀銭は710年に使用が禁止されました。
律令国家は、富本銭を含めて13種類の銅銭を発行しました。
新しい銭を出す時には「新しい銭1枚=古い銭10枚」とする政策がとられていました。
最後は958年の乾元大宝で、その後しばらく国は銭を作らなくなります。
和同開珎の見分け方や、本物かどうかの考え方は和同開珎の価値で詳しく紹介しています。
中世のお金:中国から来た渡来銭
ここが少し意外なところですよね。日本では10世紀末から16世紀まで、国による銭の鋳造が行われませんでした。
その代わり、12世紀以降は中国から来た「渡来銭」が、お金として広く使われました。
家の古銭に「元豊通宝」「永楽通宝」と書いた物があります。日本のお金じゃないんですか?
どちらも中国で作られた銭ですが、日本でたくさん使われていました。発掘でよく出てくる銭の上位に入っています。
貨幣博物館の資料では、日本の大量出土銭で多い銭の上位は次の順です。
- 皇宋通宝(北宋)
- 元豊通宝(北宋)
- 熙寧元宝(北宋)
- 元祐通宝(北宋)
- 開元通宝(唐)
- 永楽通宝(明)
永楽通宝は質の良い銭とされ、質の劣る銭は「ビタ」と呼ばれていました。詳しくは永楽通宝の価値で紹介しています。
江戸時代の古銭:寛永通宝と金・銀・銭の三貨
家から出てくる古銭で、よく見かけるのが江戸時代の銭です。幕府は1601年に慶長金銀を出し、1636年に寛永通宝を発行しました。
1670年には、寛永通宝以外の銭の使用が禁止されています。寛永通宝は「寛永」の年号が終わった後も、幕末まで作られ続けました。
金貨・銀貨・銭貨の3つを使い分けていました。
金は「1両=4分=16朱」、銀は重さの「匁」、銭は「1枚=1文(1,000文=1貫文)」が基本の単位です。
| 年 | 江戸時代のお金の出来事 |
|---|---|
| 1636年 | 寛永通宝を発行 |
| 1708年 | 宝永通宝の十文銭 |
| 1739年 | 寛永通宝の鉄銭が作られ始め、その後は鉄銭が中心に |
| 1768年 | 真鍮の寛永通宝四文銭(裏に波の模様) |
| 1835年 | 天保通宝(百文銭)、裏に「当百」 |
| 1863年 | 文久永宝(四文銭) |
日本で最初の紙幣とされるのも、江戸時代初めの1600年ごろに伊勢山田で使われ始めた「山田羽書」です。幕末までに、約8割の藩が藩札を出しました。
江戸時代の古銭の価値の目安
『江戸時代の古銭なら、どれも高いはず』と思いがちですが、そうとは限りません。たくさん作られた銭は多く残っているからです。
買取福ちゃんの公式コラム(2026年3月21日掲載・状態によっては買い取れない場合があるとの注記つき)には、次の相場帯が載っています。
| 江戸時代の古銭 | 公式コラムの相場帯 |
|---|---|
| 寛永通宝(島屋文) | 10万円〜30万円 |
| 寛永通宝(二水永) | 数千円〜5万円 |
| 寛永通宝(松本銭) | 数百円〜1万円 |
| 天保通宝(本座長郭) | 数百円 |
| 天保通宝(母銭) | 1万円〜10万円以上 |
同じ名前の銭でも、種類によって幅がとても大きいですよね。小判や大判は別の話になるので、ここでは銭を中心に見ています。
寛永通宝の見分け方は寛永通宝の価値、天保通宝は天保通宝の価値で詳しく紹介しています。
明治から昭和:「円」の誕生と銭の廃止
明治に入ると、お金の形が大きく変わります。1870年から大阪の造幣所で新しい硬貨が作られ、1871年の新貨条例で「円」が生まれました。
このとき、円の100分の1を「銭」、銭の10分の1を「厘」としました。手元の硬貨に「錢」「厘」とあれば、明治から昭和の前半のお金と考えてよさそうです。
| 時期 | 出来事(貨幣博物館・日本銀行・造幣局) |
|---|---|
| 1882年 | 日本銀行が開業し、1885年に最初の日本銀行券(大黒札)を発行 |
| 1897年 | 金0.75g=1円とする貨幣法 |
| 大正期 | 一銭青銅貨(1916年)、十銭白銅貨(1920年)、五十銭銀貨(1922年) |
| 1938年以降 | 臨時通貨法のもとで、アルミや錫の十銭硬貨などが作られる |
| 1945年 | 一銭陶貨が製造されたが発行されず |
| 1946年 | 新円切替えで、それまでのお札は通用停止 |
| 1953年 | 1円未満の銭・厘が12月31日限りで使えなくなる |
大正のころは銀が値上がりし、銀貨が鋳つぶされることもありました。そのため政府は、小さな額面のお札を出したり、硬貨を小さくしたりしています。
戦後の昭和の硬貨は、古銭とは呼ばないんですか?
ギザ10や100円銀貨のように、今も使える昭和の硬貨もあります。年号によっては収集の対象になるので、昭和の硬貨の価値一覧で確かめてみてください。

手元の古銭がどの時代か当たりをつける方法
ここまで読むと、手元のお金を時代順に並べてみたくなりますよね。細かい種類まで分からなくても、次の目印で大まかな時代はつかめます。
- 四角い穴が開いていて「通宝」「元宝」などの文字があれば、江戸時代以前の銭
- 裏に波の模様がある寛永通宝は、1768年以降の四文銭
- 「圓」「錢」「厘」の単位があれば、明治から昭和戦前のお金
- 年号が「明治」「大正」「昭和」で刻まれていれば、その時代の硬貨
- 裏に「当百」と書いた銭は天保通宝
- 磨いたり洗ったりせず、そのままの状態で時代ごとに分ける
- 硬貨の文字や年号を、写真とメモで残しておく
- 気になる物は、各記事で種類の見分け方を確かめる
- 値段を知りたい時は、買取店で査定を受ける
磨かないことは大事です。バイセルは公式に、古銭は錆や変色も歴史的な価値として見られるので洗浄や研磨をしないよう案内しています。
お店では「時代がバラバラの古銭ですが、まとめて見てもらえますか」と伝えれば大丈夫です。時代の分からない物が混ざっていても、そのまま持っていきましょう。
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古銭・古いお札の価値を査定で確かめる
寛永通宝などの穴銭、明治〜昭和の硬貨、旧紙幣、エラーコインも、まとめたまま査定してもらえます。磨かずにそのまま持ち込めばよく、店頭のほか出張査定やLINE査定も選べます。金額を聞いてから売るかどうか決めましょう。
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種類ごとの価値の決まり方は古銭の価値はどう決まる?で、時代別の早見表は古銭の価値一覧で確かめられます。
古銭の歴史について、よくある相談
知恵袋で見かける、お金の歴史と価値にまつわる相談を要約して答えますね。
江戸時代のお金は、今のいくらくらい?
これはよく聞かれますが、はっきりした答えはありません。造幣局も「明確にお答えすることはできません」と答えています。
目安として、貨幣博物館は18世紀の1両を、米の値段で換算すると約8万円、大工の賃金で換算すると約41万円と紹介しています。何で比べるかで大きく変わるんですね。
大正時代の硬貨は高く売れる?
大正の硬貨は、種類と状態によって大きく違います。大正期には一銭青銅貨や十銭白銅貨、小型の五十銭銀貨などが作られました。
まずは年号と額面を確かめて、大正時代のお金の価値で種類を調べてみてください。
和同開珎が使われなくなったのはいつ?
いつ使われなくなったかを示す公的な説明は見つかっていません。
確かなのは、国の銭作りが958年の乾元大宝で途切れ、12世紀以降は中国から来た銭が広く使われるようになったことです。
よくある質問
日本で一番古いお金は何ですか?
貨幣博物館によると、7世紀後半に作られた富本銭が見つかっています。それより前に無文銀銭もあったとされます。和同開珎は708年の発行です。
江戸時代の古銭の価値はどれくらいですか?
寛永通宝のように広く流通した銭は、控えめな査定額になる場合もあるとバイセルの公式FAQで案内されています。一方で、島屋文などの珍しい種類は高く評価されることがあります。最終的には査定で確かめてください。
「錢」と書かれた硬貨は今も使えますか?
1円未満の硬貨は、1953年12月31日限りで使えなくなりました。古銭として売って価値を確かめる道があります。
古銭の歴史を詳しく調べるにはどこを見ればいいですか?
日本銀行の貨幣博物館のホームページに、日本のお金の歴史がまとまっています。
まとめ
- 古銭の歴史は、古代の銭・渡来銭・江戸の三貨・明治からの円の4つで考えると分かりやすいです。
- 古代は富本銭と和同開珎に始まり、958年の乾元大宝で国の銭作りが途切れました。
- 江戸時代は1636年の寛永通宝が中心で、四文銭や天保通宝も作られました。
- 明治4年に円が生まれ、銭・厘は1953年末で使えなくなりました。
- 時代が分かったら、磨かずに写真とメモを残し、査定で価値を確かめましょう。






