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貯金箱を開けたら、昭和の100円玉がけっこう混ざっていました。中には絵柄が違う古そうな物もあって、価値があるのか気になっています。
絵柄が違う物があるなら、まず種類を見分けるところから始めましょう。昭和の100円玉は、作られた時期で素材から違うんですよ。
『昭和の100円玉なら、どれも少しは高く売れるのでは』と期待してしまいますよね。
結論から言うと、昭和の100円玉の価値は「銀貨か白銅貨か」と「何年の物か」でまったく変わります。昭和32年から41年までの100円銀貨は収集の対象になりやすく、昭和42年からの白銅貨は、使い込まれた物なら額面の100円が土台です。
この記事では、3種類の見分け方と年ごとの製造枚数、売る前の確かめ方を順番に紹介します。
昭和の100円玉は3種類あるんです
昭和の100円玉は、ひとつの種類ではありません。発行された順に、鳳凰の100円銀貨、稲穂の100円銀貨、今と同じ白銅の100円玉の3種類があります。
昭和32〜33年銘は鳳凰の銀貨、昭和34〜41年銘は稲穂の銀貨、昭和42年銘からは白銅貨です。年号を見れば、どの種類かはすぐに分かります。
| 種類 | 発行された年 | 図柄(財務省) | 素材(日本銀行) | 直径・重さ |
|---|---|---|---|---|
| 100円銀貨(鳳凰) | 昭和32年〜33年 | 表 鳳凰/裏 日章、桜花 | 銀60%、銅30%、亜鉛10% | 22.6mm・4.80g |
| 100円銀貨(稲穂) | 昭和34年〜41年 | 表 稲穂/裏 分銅、100 | 銀60%、銅30%、亜鉛10% | 22.6mm・4.80g |
| 100円白銅貨 | 昭和42年〜 | 今の100円玉と同じ | 銅75%、ニッケル25% | 22.6mm・4.8g |
出典は財務省「通常貨幣一覧」と日本銀行の各貨幣のページです(2026年11月4日に確認)。

見ての通り、大きさと重さは3種類とも同じなんです。だから手に持っただけでは区別しにくく、図柄と年号で見分けるのがいちばん確かです。
『旧100円玉』と呼ばれるのは、ふつう鳳凰と稲穂の銀貨のほうです。白銅貨は今も同じ種類が作られ続けているので、昭和の年号でも今の100円玉の仲間になります。
銀貨と白銅貨はどこが違う?
いちばん大きな違いは素材です。銀貨は銀を60%含み、白銅貨は銅とニッケルでできています。
白銅貨も銀色に光って見えますが、銀は入っていません。『銀色だから銀貨かも』と思った時は、まず年号が昭和41年以前かどうかを見てみてください。
鳳凰・稲穂の100円銀貨は何枚作られた?
古い100円玉の価値を考える時、頼りになるのが造幣局の「年銘別貨幣製造枚数」です。造幣局は値段を出していませんが、年ごとに何枚作ったかは公開しています。
昭和33年の100円玉を持っています。何枚くらい作られた物なんでしょうか?
昭和33年は鳳凰の100円銀貨ですね。造幣局の表では70,000千枚、つまり7,000万枚作られています。
| 年銘 | 種類 | 製造枚数(千枚) | 枚数に直すと |
|---|---|---|---|
| 昭和32年 | 鳳凰 | 30,000 | 3,000万枚 |
| 昭和33年 | 鳳凰 | 70,000 | 7,000万枚 |
| 昭和34年 | 稲穂 | 110,000 | 1億1,000万枚 |
| 昭和35年 | 稲穂 | 50,000 | 5,000万枚 |
| 昭和36年 | 稲穂 | 15,000 | 1,500万枚 |
| 昭和37年 | 稲穂 | 0 | 表では0 |
| 昭和38年 | 稲穂 | 45,000 | 4,500万枚 |
| 昭和39年 | 稲穂 | 10,000 | 1,000万枚 |
| 昭和40年 | 稲穂 | 62,500 | 6,250万枚 |
| 昭和41年 | 稲穂 | 97,500 | 9,750万枚 |
出典は造幣局「年銘別貨幣製造枚数【令和7年銘】」です(単位は千枚)。鳳凰は2年で合計100,000千枚、稲穂は8年で合計390,000千枚でした。
稲穂の中でいちばん少ないのは昭和39年の10,000千枚、次が昭和36年の15,000千枚です。鳳凰では昭和32年の30,000千枚のほうが、昭和33年より少なくなっています。
昭和37年の稲穂が「0」なのはなぜ?
造幣局の表では、昭和37年の100円銀貨(稲穂)の欄は「0」です。この0が「1枚も作っていない」のか「千枚未満を四捨五入した」のかは、表には説明がありません。
なので、昭和37年銘の稲穂を見つけたと思った時は、まず昭和36年や昭和38年の読み間違いが無いか確かめてみてください。こすって数字を読もうとすると傷が増えるので、ルーペと明るい光で見るだけにしておきましょう。
100円銀貨にはどれくらい銀が入っている?
日本銀行によると、100円銀貨は重さ4.8gで、銀が60%です。計算上は1枚に約2.88gの銀が入っていることになります。
ただ、この2.88gは公式に出ている数字ではなく、あくまで掛け算の結果です。実際に査定では、銀の量だけでなく、年号や傷の少なさ、未使用かどうかも合わせて見られます。
100円銀貨の値段の目安は?
公的な相場はありません。2026年11月4日に確認した範囲では、買取福ちゃんの公式コラム(2026年3月21日掲載)に、鳳凰100円銀貨の相場帯として「数百円~数千円」という表記がありました。
このコラムには「製品の状態によっては買い取れない場合がございます」という注意も添えられています。稲穂の100円銀貨の価格は、確認した範囲の各社の公式相場表には見当たりませんでした。
鳳凰と稲穂の見分け方や、銀貨ならではの売り方は100円銀貨の価値で詳しく紹介しています。
昭和42年からの白銅の100円玉でレアな年は?
昭和42年からの100円玉は、今の100円玉と同じ白銅貨です。銀貨とは違って毎年たくさん作られてきましたが、年によって製造枚数にかなり差があるんです。
昭和の白銅の100円玉で特に少ないのは、昭和59年(41,850千枚)、昭和58年(50,000千枚)、昭和60年(58,150千枚)です。昭和64年は造幣局の表で0(千枚)になっています。
| 年銘 | 製造枚数(千枚) | 年銘 | 製造枚数(千枚) |
|---|---|---|---|
| 昭和42年 | 432,200 | 昭和54年 | 382,000 |
| 昭和43年 | 471,000 | 昭和55年 | 588,000 |
| 昭和44年 | 323,700 | 昭和56年 | 348,000 |
| 昭和45年 | 237,100 | 昭和57年 | 110,000 |
| 昭和46年 | 481,050 | 昭和58年 | 50,000 |
| 昭和47年 | 468,950 | 昭和59年 | 41,850 |
| 昭和48年 | 680,000 | 昭和60年 | 58,150 |
| 昭和49年 | 660,000 | 昭和61年 | 99,960 |
| 昭和50年 | 437,160 | 昭和62年 | 193,775 |
| 昭和51年 | 322,840 | 昭和63年 | 363,112 |
| 昭和52年 | 440,000 | 昭和64年 | 0 |
| 昭和53年 | 292,000 |
出典は同じく造幣局「年銘別貨幣製造枚数【令和7年銘】」です。

昭和47年・昭和51年・昭和50年の100円玉は?
『昭和47年や昭和51年の100円玉はレアらしい』という話を見かけた方もいるかもしれません。実はこの2つは、検索される回数がとても多い年なんです。
ただ、表を見ると昭和47年は468,950千枚、昭和51年は322,840千枚、昭和50年は437,160千枚です。どれも3億枚以上作られているので、数字の上では特に少ない年とは言えません。
昭和57年〜61年の100円玉は?
昭和57年は110,000千枚、昭和61年は99,960千枚と、ぐっと少なくなります。昭和58年〜60年はさらに少なく、5,000万枚前後かそれ以下です。
こうした少ない年は、収集家に注目されやすい年と言われます。とはいえ、使い込まれて傷の多い物は額面の扱いになりやすいので、期待しすぎないでおきましょう。
昭和62年・昭和63年の100円玉は?
昭和62年は193,775千枚、昭和63年は363,112千枚です。昭和の白銅貨の中では中くらいからやや多めの年になります。
昭和62年といえば500円玉の少ない年として知られていますが、100円玉はそれほど少なくありません。500円玉の年ごとの見方は昭和の500円玉の価値で紹介しています。
- 年号が昭和57年〜61年か確かめる
- 年号が昭和64年に見える物は、昭和63年や昭和61年の読み間違いが無いか見直す
- 表面にこすれ傷が少なく、光沢が残っている物を別にしておく
- それ以外の年で使い込まれた物は、ふつうの100円玉として扱う
ネットの「100円玉のレアコイン一覧」はどう見る?
ネットで100円玉のレアコイン一覧を見ると、年号ごとに「プレミアあり」と書かれていることがありますよね。ただ、その一覧がどの数字をもとにしているかは、ページによってまちまちです。
この記事で使っている製造枚数は、造幣局が公開している数字です。一覧を見る時も、まず造幣局の表と年号が合っているかを確かめてみてください。
『プレミアがつく100円硬貨』という言い方も、未使用で状態の良い物を前提にしていることが多いんです。財布から出てきた使用済みのコインなら、価値は100円が土台と考えておくほうが、あとでがっかりせずに済みます。
傷や形が変わった100円玉はエラーコイン?
数えていたら、縁が欠けていたり模様がずれていたりする100円玉が見つかることもあります。製造の途中で起きたずれなら、エラーコインとして見られることがあるんです。
一方で、使っているうちについた傷やへこみはエラーではありません。見分け方は額面別のエラーコインの見方で紹介しているので、気になる1枚があれば比べてみてください。
昭和30年や昭和89年の100円玉?年号の勘違いに注意
古い100円玉を調べていると、ありえない年号で検索してしまうことがあるんです。よくある勘違いを先に知っておくと、ムダに悩まずに済みますよ。
昭和30年の100円玉の価値を調べても、何も出てこないんです。
実は、100円玉が初めて登場したのは昭和32年なんです。昭和30年ごろの100円は、硬貨ではなくお札でした。
日本銀行によると、聖徳太子の百円券は昭和21年から、板垣退助の百円券は昭和28年から発行されました。昭和30年の「100円」は、こうした100円札のことになります。
古い100円札の価値は100円札の価値で紹介しています。
「昭和89年の100円玉」と検索されることもありますが、昭和は64年までです。昭和89年銘の硬貨はありません。「89」に見える時は、昭和59年や昭和39年の数字がすり減っていることがあります。
また、「昭和45 100円玉」「昭和51 100円玉」のように、年と額面を続けて入力して調べる方も多いですよね。どちらも白銅の100円玉で、製造枚数は昭和45年が237,100千枚、昭和51年が322,840千枚です。
よくある相談:昭和33年や昭和39年の100円玉は売れる?
知恵袋で見かける100円玉の相談を、要約して答えていきます。
相談1:昭和39年の100円玉を手に入れた。価値はどれくらい?
昭和39年の100円玉は、稲穂の100円銀貨です。製造枚数は10,000千枚で、稲穂の中ではいちばん少ない年になります。
ただ、値段を決めるのは年号だけではありません。使い込まれて傷が多いか、未使用に近いかで見られ方が変わるので、そのままの状態で査定に出して聞いてみるのがいちばん確かです。
相談2:100円銀貨は、古銭の店でも100円でしか買い取ってもらえない?
『結局、額面どおりなのでは』と不安になる方もいます。銀貨は銀を含んでいて、鳳凰の100円銀貨には先ほどの「数百円~数千円」という相場帯の例もあります。
一方で、店によっては今も使える硬貨を買取の対象にしていないこともあります。例えば大黒屋は、日本銀行のページに載る有効な貨幣は買取不可と公式に案内しています。
相談3:昭和33年の100円玉と昭和34年の100円玉、どちらが高い?
昭和33年は鳳凰、昭和34年は稲穂です。製造枚数は昭和33年が70,000千枚、昭和34年が110,000千枚で、数字の上では昭和33年のほうが少なくなっています。
とはいえ、どちらが高いかは状態しだいで入れ替わります。昭和34年の100円玉の買取価格を知りたい時も、昭和33年と一緒に査定に出して、並べて聞いてみると比べやすいですよ。
| 相談の内容 | まず見るところ | 答えの目安 |
|---|---|---|
| 昭和39年の100円玉 | 稲穂の銀貨かどうか | 稲穂で最少の年・状態で変わる |
| 100円銀貨は額面だけ? | 店が今の硬貨を扱うか | 店ごとに対応が違う |
| 昭和33年と昭和34年 | 鳳凰か稲穂か | 枚数は昭和33年が少ない |
昭和の100円玉を売る前に知っておきたいこと
ここまでで、どの100円玉が気になるか見えてきたはずです。売る前に押さえておきたいのは、状態の見られ方と、店ごとの扱いの違いです。
- 鳳凰・稲穂の100円銀貨
- 表面の模様がくっきり残っている物
- ケースや袋に入れて保管されていた物
- 財布で使い込まれた白銅の100円玉
- 傷や黒ずみが多い物
- 磨いたり洗ったりした跡がある物
磨かず、洗わず、そのままで
古い100円玉がくすんでいると、きれいにしてから出したくなりますよね。ただ、おたからやは公式FAQで、磨き傷や洗浄跡は収集品としての評価に影響する場合があると案内しています。
バイセルも、洗浄や研磨をしないことを古銭の査定の最重要ポイントとして挙げています。黒ずみも、そのまま出すのが基本だと覚えておきましょう。
鑑定書は付けられる?
日本貨幣商協同組合は、今も法定通貨として使える貨幣には鑑定書を出せないと案内しています。例として「廃貨になっていない昔のお金」も挙げられています。
昭和の100円玉は、銀貨も白銅貨も今も使える硬貨です。鑑定書を取ってから売る、という流れにはならないので、査定で直接聞くのが近道です。
今も100円として使える
財務省は、鳳凰と稲穂の100円銀貨を「今も使える古い貨幣」として挙げています。白銅貨はもちろん今の100円玉と同じなので、昭和の100円玉はどれも100円として使えます。
ただし、貨幣は額面の20倍までを限りに法貨として通用すると法律で決まっています。100円玉なら1回の支払いで20枚までが目安です。
昭和の100円玉を査定に出す手順
『数枚だけで持って行っていいのかな』とためらう方も多いはずです。査定料が無料の店なら、少ない枚数でも相談して大丈夫ですよ。
お店で何て言えばいいのか分からなくて、ちょっと不安です。
「昭和の100円玉で、銀貨が何枚か入っています」と伝えるだけで十分です。年号ごとに分けておくと、話が早く進みますよ。
- 年号を見て、鳳凰・稲穂・白銅貨の3つに分ける
- 白銅貨は、昭和57年〜61年の物だけ取り分ける
- 磨かず洗わず、1枚ずつ袋に入れて持ち運ぶ
- 昭和の硬貨や銀貨も見てもらえるか、店に電話で確かめる
- 本人確認書類を用意して、店頭・出張・写真査定などで相談する
- 金額を聞いてから、売るか使うか決める
旧100円硬貨の買取は、店によって扱いが違います。電話で「100円銀貨も見てもらえますか」と一言聞いておくと安心です。
ほかに古いお札や記念硬貨も出てきた時は、一緒に見てもらえば1回で済みます。記念硬貨は通常の100円玉とは別の話になるので、店で「記念硬貨もあります」と分けて伝えておきましょう。
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どこに持って行くか迷う時は、古銭はどこで売るかで店の種類ごとの違いを紹介しています。昭和の硬貨をまとめて売る時の考え方は、古い硬貨の買取も参考になります。
よくある質問
昭和の100円玉で希少価値があるのは何年ですか?
製造枚数で見ると、銀貨では稲穂の昭和39年(10,000千枚)と昭和36年(15,000千枚)、白銅貨では昭和59年(41,850千枚)や昭和58年(50,000千枚)が少ない年です。ただ、値段は状態で大きく変わります。
昭和40年の100円玉は銀貨ですか?
はい、昭和40年は稲穂の100円銀貨です。製造枚数は62,500千枚で、稲穂の中では中くらいの年です。
昭和41年と昭和42年の100円玉は何が違いますか?
昭和41年までは銀60%の稲穂の銀貨、昭和42年からは銅とニッケルの白銅貨です。大きさと重さは同じなので、図柄と年号で見分けます。
昭和60年の100円玉は売れますか?
昭和60年は白銅貨の中で少ない年(58,150千枚)です。使い込まれた物は額面の扱いになりやすく、未使用に近い物なら査定で聞いてみる価値があります。
昭和の100円玉は銀行に預けられますか?
どの種類も今も使える硬貨なので、ふつうの100円玉と同じように扱われます。枚数が多い時の扱いや手数料は金融機関ごとに違うので、窓口で確かめてみてください。
まとめ
- 昭和の100円玉は、鳳凰の銀貨・稲穂の銀貨・白銅貨の3種類
- 銀貨は昭和32〜41年銘で、銀を60%含む
- 稲穂で少ないのは昭和39年と昭和36年
- 白銅貨で少ないのは昭和57年〜61年あたり
- 昭和47年・51年は3億枚以上作られている
- 磨かず洗わず、査定で状態ごと見てもらう
ほかの額面の特年も気になってきたら、昭和の硬貨の価値一覧で額面ごとに確かめてみてください。古いお金の値段がどう決まるのかは、古銭の価値の決まり方で全体から紹介しています。






